ウプウイミ  1997年8月27日〜8月30日

日(旧暦) 時間 儀礼 場所 1997年(東ノロ1名・西ノロ2名) 写真 1994年(東ノロ1名・西ノロ4名) 1978年
(東ノロ8名・西ノロ7名)
08月27日 (07月25日) 15:30 ニャーグニ ウプアンシャリ殿 東方の居ノロが供(トゥム)とともに到着。西方の立ちノロ・居ノロも到着。各ノロは冠を持参。立ちノロは杖(ユミイエ)も持参。

 
写真→ ウプアンシャリ殿に集合。14時24分頃、普段着からノロ衣裳に着替え。一番下に白、その上に赤、一番上に白、白い帯、白鉢巻、各々の冠。 16時頃 ウプアンシャリ殿に東西のノロ15名が集まる。赤い襦袢の上に白い神衣裳、それぞれの草の冠を被る。立ちノロは弓(杖にひもを巻いた物)。
15:35 西方の居ノロ、香炉に板香を二箇所に3本ずつ立てる。東方の居ノロが殿内に入り拝礼、歌(ウクイッシュ)を歌う。 写真→ ウプアンシャリ殿の前の小道に整列。アラの浜の海バラス(ユニ)を受け取り、ウーウーと唱えながら殿に向かって投げる。 15名のノロは殿屋に向かい整列。「ウーウー」と3回唱え一礼。アラの浜の海バラスが各ノロに一個配られ、それを殿屋の庭に「ヤーニェユークマサイ」(来年は益々勝る)と唱え投げる。
  歌を歌い、東の方向に二度拝礼。 写真→    
  いったん歌うのをやめ、戸口に向かう。控えている神人に礼をするようにして歌い続ける。15時40分頃、拝礼終わる。 写真→
  本来ならこの後に村を回るが、ノロの数が少ないので回ることができない。冠・神衣裳も着用せず、ウプアンシャリ殿で祭祀の時間の間、そのまま殿の庭で話をして時間を過ごす。  写真→ 東西に分かれ、それぞれのニャーに向かう。 東西に別れそれぞれのニャーに向かう。        
      〔東ノロのニャーグニ〕
 ウプアンシャリ殿→ウプアタイ→ガジュマルの樹→メーナガイードゥン→中門殿→ヤビクウカー→下サビ(合流)
〔東ノロたちのニャーグニ〕
 ウプアンシャリ殿→ウプアタイ→ガジュマルの樹(一礼)→メーナガ殿(ユニ水儀礼(居ノロだけが行う)、船漕ぎ儀礼)→中門殿→上サビ(西ノロたちと合流)→高上サビ
  〔西ノロたちのニャーグニ〕
 ウプアンシャリ殿→ニャーヌパタ(ナナティー(七ティヌ手))→三叉路の角(知花山)→与那覇チクドゥン→城端(グスクバタ)→ナハンカリ(松永ノロが待つ。ユニが置いてある。ナナティー)→下サビ(合流)
〔西ノロたちのニャーグニ〕
  *報告なし
  下サビで合流後→上サビ→北のメースィカンニャ(ユニ水儀礼)→中央公民館(前の庭ウパシャド毛で着替え)終了。
 
        *ウプアンシャリ殿 写真→    
        *ホールンチャブイ 写真→    
        *スイギンチャブイ 写真→    
08月28日   (07月26日) 15:00? メースィカンニャ ウプアンシャリ殿 東方の居ノロとその供、西方の居ノロがウプアンシャリ殿に集合。前日同様それぞれの冠と神衣裳を持参。立ノロは杖も持参。
写真→ 14時半頃ノロ全員がウプアンシャリ殿に集合。前日の一日目と同じ神装束。 15時頃ウプアンシャリ殿にノロ15名集合。各人供を連れている。
16:00? 殿の中の板香に火が点けられる(香炉は2つ、板香は3本ずつ)。 写真→   一日目と同様に拝礼儀礼。
  東ノロが殿の中に入り祈る。他の2人も外で祈り。 写真→ 前日と同様東西に分かれそれぞれのニャーを巡拝する。 巡る場所や順番もそこでの儀式も同じである。 東西に分かれ、それぞれのニャーに向かう。
この後3人のノロが座談。17時頃に解散。
ノロたちの持ち物を使用することなく、この日も全く儀礼といわれるものは行われなかった。

ただ、このあと本来は回るべき所を案内してもらった。そうすると、ナハンカリ殿では、松永ノロ一族である仲村柄(ナハンカリ)屋の人達は待機していた。
写真→ 【メースィカンニャの儀礼】
 詳細は右記(1978年度と一部違いはあるが、概要は同じ)。

 → メースィカンニャの儀礼が終わると、中央公民館に移動し、前の庭ウパシャド毛で着替えて終了。
〔西ノロたちのニャーグニ〕
ウプアンシャリ殿 → 旧役場敷地を北から南へ横切って西へ → ナハンカリ殿(一礼。殿の戸口に松永ノロが神衣を着けて南向きに正座) → ニャーヌバタ(儀礼あり)→ナハンカリ殿(儀礼あり) → ナハンカリ殿の裏の道を通り東へ。途中山グシに向かい拝礼 → 上サビ(東ノロたちと合流) → 高上サビ → メースィカンニャ【儀礼あり(詳細は下記)】  → 旧役場前の広場ウパシャド毛で着替え。終了

〔東ノロたちのニャーグニ〕
  *報告なし
  【メースィカンニャでの儀礼詳細】
(ノロたちは白の神衣裳からカラフルな神衣裳に着替える。)
 ?北のメースィカンニャに到着し、西に向かって一人ひとり合掌一礼して順に南のニャに行く。
 ?南のメースィカンニャで白の神衣裳を普段着に着替え、各門中所定の場所で休憩。
 ?普段着からカラフルな神衣裳に着替え。冠は同じのを被る。
 ?南のメースィカンニャで「ウーウー」の儀式。
 ?北のメースィカンニャに移動。
 ?居ノロと立ちノロが相対する。
 ?立ちノロ立ち上がり手招きしながらウーウーと唱える。
 ?替わって居ノロが立ち上がり、立ちノロの弓を借りてウーウーの儀式を行う。その後弓を返す。
 ?立ちノロは居ノロの後に周り、再びウーウーの儀式。元の座に変える。儀式終了。
 ?ウシャフや草ギナソーネの料理が出される。  
        *ナハンカリ殿 写真→    
        *ガジュマルの樹の拝所 写真→    
        *大上里屋敷の殿(ウィザートゥ) 写真→    
        *メーナガイードゥン 写真→    
        *ナンジャートゥン 写真→    
        *ナカジョーニガミ 写真→    
        *下サビ 写真→    
        *フシャテイ森 写真→    
        *御殿山下り道跡 写真→    
        *ニャーヌパタ 写真→    
        *与那覇チクドゥン 写真→    
08月29日  (07月27日)   ウプウイミ 各門中の拝所(ウガンジョ) ノロたちが一堂に集まることはなく、この日は各家、各門中で先祖を祀る日だという。
*以下は、長嶺家の大城門中の拝所(ウガンジョ)の行事の様子。
写真→ 東西のノロたちは自分たちの殿内を拝む。東ノロは上里殿・シヌグ火の神、西ノロたちは富里を拝む。
祭祀はいつも自分の殿内の拝礼から始まる。
15時頃富里(クサトあるいはフサトとも)に東西のノロ集合。白の神衣裳、それぞれに冠、弓はいつもの通り。
ウーウーの儀式があり、全員に神酒を飲ます。
  10:40     【大城門中の拝所の行事】
大城門中の拝所ではノロと供を中心として祭場の準備。拝所の祭壇の東の端に、長嶺ノロの神衣裳の風呂敷とチャブイ(草の冠)。
写真→ 上サビで東西合流。上サビ、下サビでの儀礼は1978年とほとんど同じ。 高上サビ(遊び庭)へ移動。戦前は馬で移動したが、現代は車で移動。昨日とは違う赤、黄、青の神衣裳に着替える。立ちノロと居ノロが順に弓を持ってウーウーの儀礼を行う。供の者が神酒を差し上げ儀式終了。
        門中の人々が板香2束(1束4枚24本)、ハナグミ(米)とお菓子などを持って集まってくる。 写真→ 下サビから東西に分かれニャー巡拝に出発。1978年にはニャー巡拝の詳細が不明なので1994年の巡拝場所を記す。
東ノロ巡拝場所: ウプアタイ→チニンマチガニ→メーナガイードゥン→ナンジャートゥンチ→アガリヌンドゥンチ→シニョーニ
西ノロ巡拝場所: ニャーヌバタ→ナハンカリ殿→シニョーニ 
立ちノロの冠を山の下り口の岩の上に置く。
        正午からノロが拝殿の中に入り祈り。他の者たちもそれに従う。この時から拝みが終わるまで撮影は禁止。     白の神衣裳に着替え、東西に分かれニャー巡拝に出る。
        拝み終了後、お下がりの泡盛が全員に回される。同様にお供えのお菓子も配られる。 写真→ シニョーニで東西ノロ合流する。 ニャー巡拝をした東西のノロたちはシニョーニで合流する。
        その後は門中各人の結婚や子供誕生の報告や祈りが行われる。14時頃まで続き、解散。 写真→ 【阿良の浜の儀礼】
阿良御嶽に拝礼。
浜には船がなく、2人のノロが船があると想定してその周りをウークイといいながら7回廻る。3日目の儀式終了。     
東江前公民館の横を通り、阿良の浜に行く。【阿良の浜の儀礼】(詳細は下記)
 → 各殿で門中たちが集まっており、祝宴。終了
              【阿良の浜の儀礼の詳細】
               ?お嶽の西の道路に船が置いてある。
               ?ウーウーと唱えながらノロたちがやって来る。
              ?デーク杖を船に乗せ、ウーウーと唱え、船端を両手で叩きながら船の周囲を7回廻る。
                ?終わると待機している車に乗り込み、スーと各門中の殿に帰る。
昔はたいまつを点けた馬が待機しており、船端儀礼が終わると、ノロたちは馬に乗って一目散に駆け戻ったという。
        *馬行列の鞍 写真→    
        *かつての馬行列の様子 写真→    
        *大上里屋敷の殿(ウィザートゥ) 写真→    
        *東ヌンドゥンチ 写真→    
        *上サビ 写真→    
        *メースィカンニャ 写真→    
        *マーガ 写真→    
        *アラの嶽 写真→    
        *富里殿屋 写真→    
08月30日  (07月28日)   ユッカシヌグ   何も行われなかった。   (*1978年とほとんど同じであるが、虫送りの儀礼なし) 午前9時頃、東ノロ、西ノロが旧役場前広場に集まる。東西に分かれ巡拝。この日は全員が新しくホールンチャブイを作り被っている。
            〔東ノロ〕
上里殿・シヌグ火の神 → 阿良の浜 → マーガ 
1978年とほとんど同じであるが、ホールンチャブイを阿良の浜で置いている。
〔東ノロ〕
ウシャパド池 → 東江公民館の横 → 阿良の浜(アクチの枝とススキを砂の上に立て海に向かい祈り) → 東パナ(線香を焚き海に向かい祈り、ホールンチャブイを置く) → マーガ(祈願) 終了
            〔西ノロ〕
中央公民館 → 富里(ホールンチャブイを作る) →ワジー(線香を立て海に向かい祈り。ホールンチャブイを置く。伊是名に向かいウートートゥをする)  終了。
〔西ノロ〕
徳永義丈宅の西の殿(アクチの枝で七人分の箸、7枚のユグイの葉を準備) → 富里(祈りの後虫を捕りユグイの葉に包み、アクチの箸に縛り付け、この7つを纏める) → ウマヌハンジスイ(ホールンチャブイを置く) →ワジ(北方(伊是名)に向かい両手を上げたり下げたり、招くような仕草をし、祈願) 終了。
               虫送りの儀礼

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